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吹く風冷たくなる夜に、かぼちゃの灯りがぽつんぽつん。

ここは神様の居ない月。代わりに響くは「トリックオアトリート」。

とおの月。かぼちゃちょうちんで溢れる月。
お菓子が無いならいたずらを。その先に見えたもの……それはあの日の海でした。


その日僕は運悪くお菓子を持っていませんでした。昼間は持っていたのですが、部活の友人達と全部食べてしまった後だったのです。
左からは電車が通り過ぎる音、右からはかすかにさざ波の音が聞こえる、その子と会ったのはそんな夜の道でした。
周りの民家をチラリと見ると玄関先にはかぼちゃの飾り。オレンジと黒の可愛くもどこか不気味な飾りを見て、今日がハロウィンと気づきます。
お菓子を持っていない時点で少し嫌な予感はしていました。珍しく少し距離をおいて僕はその子に話しかけました。

「君は…10月の子?」

黒いシルクハットを被り、かぼちゃの眼帯をしている少年が一人。黒い羽の生えたかぼちゃのちょうちんが周りをふわふわ飛び回っています。
背中には悪魔の羽のような翼があり、月の子以前に普通の人ではないと一目でわかりました。
少年はクスッと笑って言いました。

「そうだよ、ボクが10月。10月のランテルヌ・スィトルイユ。かえでにはランテって呼ばれてる。はじめまして、子規君。」

「は、はじめまして。」

かえでって誰だろうと思いながら僕はそう返しました。
どうも今までの月の子とランテは違いました。月(ルナ)も月の子の中ではどこか異質でしたが、ランテも月(ルナ)とは違った意味で異質なのです。
月(ルナ)は月の子の中で誰よりも自分と近いものを感じましたが、ランテは誰よりも自分から遠いものを感じるのです。
その得体の知れない「遠さ」が僕は少し怖かったのかもしれません。
ランテはもはやお約束とでもいうように帽子を取って僕の方に突き出しました。

「とりあえずさぁ、『トリックオアトリート』。ハロウィンなんだからお菓子を頂戴。いっぱい集めてかえでにあげたいからさ。」

やっぱり、と少し焦りながらポケットの中や鞄の中をかき回してお菓子を探しますがやはりありません。
鞄の中を漁りながら立ち尽くしている僕を見たランテの顔が急に不満そうに歪むのが見えました。

「お菓子、無いの?」

「あ…うん、ごめん…。」

それを聞いたランテは急にショックを受けたようにぽかんと口を開けたかと思うと、落ち込んでうずくまってしまいました。
しょげてます。キノコでも生えそうな位の落ち込みようです。

「お菓子…お菓子…。」

「ごめん…。」

「かえでにあげようと思ったのに…お菓子…かえで喜んでくれない…。」

「ごめん…その、元気出して。」

「お菓子…かえで…お菓子…かえで…」

「………。かえでって誰?」

ランテは僕の話などこれっぽっちも聞いていませんでした。僕はしょぼくれているランテを突っ立って見ているしかありませんでした。
どうしようか、このまま立ち去るわけにもいきません。そう思った時、ようやくランテが顔を上げました。

「お菓子がないなら…しょうがないな。」

機嫌が治ったのかなと少し安心したのが間違いでした。不満げだったランテの口元がなぜかニッと上がりました。黒い翼のかぼちゃちょうちんがふわりと宙を舞い、ぼんやりと紫色に光り出した時。
僕は突然ランテに背を向けて逃げ出しました。何かまずいものを感じたのです。
今まで会う度仲良く話していた月の子からなぜ逃げ出したのかわかりません。何がそんなに「危ない」と感じたのかわかりません。
けれど何か洒落にならない「いたずら」がくる気がしました。電車のやかましい音、海の波の声が余計に焦らせ、やがてそれすらも聞こえなくなって自分の息の音しか聞こえなくなって。

「おおー、勘いいねぇ。」

ランテがパチンと指を鳴らす音がしました。僕は夢中で走りつづけます。
音という音が消え、俯いたままどこを走っているのかもわからず、一体何がそんなに怖かったのかもわからず、どうして走っているのかもわからなくなり、やがて疲れ果てて足が動かなくなってきました。
だんだん息が切れ、足の動きも鈍り、ここまで来れば大丈夫かなと僕はとうとう立ち止まりました。
そして顔を上げようとした時、聞こえるはずのない声がしました。

「子規っ、子規っ、こっちですようー。」

耳を疑いました。それははづきの声でした。顔を上げて自分の目を疑いました。目をこすりほっぺたつねってみましたが目の前の光景は消えません。
懐かしさと同時に背筋が凍るような恐怖を感じ逃げ出したくなりました。けど逃げられません。足がすくんで動きません。
そこは10月ではありませんでした。肌を刺すような寒さ、道には雪が積もり、道端には赤色をつけた椿の木…1月でした。それもただの1月ではないのです。
遠くに、海の方を向いて佇むはづきの姿がありました。忘れはしません、はづきが居て、そしてここで死ぬ、あの1月1日。
着物姿で海の方を見ているはづきの横に後からあの時の僕がやってくるのも見えました。
そう、たしかはづきが初日の出が見たいと言い出して、僕は正月はのんびり寝ていたかったのにいきなり電話で呼び出されてきたのです。
ぼっーとしている僕の横ではづきはまだ薄暗い水平線を落ち着かない様子で眺めていました。
震えが止まりませんでした。空が明るくなる度に心臓の鼓動が早くなるのを感じました。
このすぐ後にはづきが死ぬのです。

「まだですかねー。」

「もう少しかかるんじゃないの?」

「もうっ、水平線に朝日がきらきらーってなるの、見たくないんですかっ!」

「眠い…さむい…。」

「もうー…。」

そんな他愛のないやりとりさえも傷口に染みるようなズキズキするものを感じました。
そして、不意に目の前の僕が言いました。

「寒いからあったかいお茶買ってくる。はづきもいる?」

「はいっ。」

そこは海沿いの道で、ガードレールを越えればすぐ海、反対側には凍った車道、今思うととても危険な道でした。

「馬鹿野郎っ!」

はづき一人残して歩いていく僕にそう叫びますがその声は誰にも届きません。僕は思わず駆け出しました。
逃げ出したかったのです。逃げる為にひたすら駆けました。この先の光景を知っています。その時の心臓を握りつぶされたような感覚も。
そこに居ちゃいけない。そう叫ぼうとした時。キィィィィィィィと耳をつん裂くようなスリップ音と共にトラックが行く手を塞ぎ横転しました。歪んだガードレールの向こう、宙に浮かんだはづきの姿、少し向こうに音に気づいて振り返った馬鹿な僕の姿が。
今の僕は車道を走り抜け、同時に昔の僕も来た道を駆け戻り、ガードレールから身を乗り出しました。
今の僕と昔の僕の手が重なり、か細い白い手に向かって伸ばすけれど触れることはできなくて。
落ちた音がしました。水しぶきがきらきら煌めき、一番大切な人を海はあっさり飲み込んでしまいました。
水面に赤い花が咲き、はづきの姿はもう見えませんでした。うなだれたまましゃがみこみ、虚しく手を空に突き出したまま、ぽたぽたと涙でアスファルトにしみができていました。
憎らしいくらいに眩しく輝く初日の出が告げています。はづきのいないいちねんがくると。

先ほどまでそこに居たはづきの姿が浮かびました。そしてその姿は別の誰かと重なりました。
そう、あの椿の花の子。雪の中で寂しそうに微笑むあの子の顔と重なって、白い雪が舞い散り目の前が霞んで見えなくなってそして……



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何も見えない暗闇に、ぽっかり浮かぶまあるい月。

いつもと同じ月なのに、いつもよりずっと美しくて。

いつもより一層輝いてるからこそ、夜空にぽつんと独りぼっち。

ここのつめの月。何時よりも月が綺麗な月。
誓いましょう。例えこの闇が永遠に続こうとも、必ず会いに行きますと…。


「ったく…何で僕が…」

僕は少々苛々していました。半ば乱暴に手に持った袋を振り回しながら桜の木の土手を駆けていきます。
袋の中には沢山のお団子。もう夜だというのに、部活の友達が団子が食べたいだなんて言い出して、僕が買いに行かされたのでした。

もう辺りは暗く、土手の木々もすっぽり闇に覆われていました。
そして天井にはぽつり、本当に月かと疑うくらいに明るく強く光り輝く月が浮かんでいました。
やけに今日は月が綺麗だなと、そう思ってからやっと今日は十五夜だと気づきました。
どおりで月が綺麗なわけです。
土手の脇にある崖の下の池の水面が月の光を受けて輝きます。暗すぎる土手の中、その僅かな光を頼りに僕は走っていきました。
その時。

「………あっ。」

僕は思わず声をあげました。桜の木の傍に人が居ました。その人の髪が見たことがないくらい美しい金髪だったので少し驚いたのでした。
服は黒と紺色の和服です。日本好きの外人さんでしょうか。こんな真っ暗な土手で何をしているのでしょう。
道に迷ったりでもしたのかな。僕は少し気になって声をかけました。

「あの…。」

声をかけられたことに驚いたのか、すぐにその人はこちらを向きました。
金髪に碧眼で、やたら整った顔立ちで背の高い青年でした。やっぱり外国の人かな。
そう思った時、その人は少し訛りの入った日本語で思いがけないことを言いました。

「君……、私が、見えているのか?」

首を傾げたのは僕の方でした。この言葉は何度も聞いたことがあります。
まさか、そう思いながら僕は訊きます。

「まさか…あなたが9月の子ですか?」

「ああ…そうだ。」

僕は驚きました。が、驚いてから少し違和感を感じました。目の前の人が月の子だと知って驚くのがやけに久々のような気がしたのです。
この人は他の月の子と何かが違う…なぜか僕はそう感じました。
外国人のような訛りのある話し方のせいなのでしょうか、どこか「月」というよりは自分に近いものを感じるのです。

「ひまわりから、聞いたよ。たしか…マサオ君、だったか?」

「……違います、子規です。それ嘘です、確実に。」

「三段階に変身すると大砲をも跳ね返す最強の巨人になると聞いたのだが…」

「……あの、純粋なのはいいことですが、人を疑ってみることも時には必要だと思います。」

「…そ、そうなのか、気をつけるよ。変身……」

「…言いづらいんですが、嘘です。」

少しがっかりしているようでしたが、どう頑張っても僕は三段階に変身はできません。
ひまわり、完全に遊んでるなと呆れてため息をつきました。
それから改めて僕は尋ねました。

「あの…お名前は?」

「私は…月(ルナ)だ。月と書いて…ルナと読む。」

淡々と、暖かさも無ければ冷ややかさもない調子で月(ルナ)は言うと、僕から目を背けて空を見上げました。
夜空に一人佇む満月。青い瞳が捉えているものはそれだとすぐに気づきました。
少し雲がありますが、比較的晴れていてお月見にはちょうどいいでしょう。
そうだ、と思って僕は袋からお団子を取り出しました。僕が買ったお団子なのだから、一つくらいいいんじゃないかな、と思って。

「月さん、いりますか?」

「え…あ、ありがとう。」

月(ルナ)はお団子を貰い、桜の木によりかかり、少しずつ食べながらまた上を見上げます。
僕は似たような光景をどこかで見た気がしました。どこか寂しげな横顔…誰かが同じ表情をしていたような。
そして思い出しました…4月のことを。そういえばここはあの時と同じ土手です。
もしかして、と思い僕は訊きました。

「あの…誰を待っているんですか?」

月(ルナ)は驚いた様子で僕を見て、それから納得したように言います。

「そうか…君は他の何人もの月の子に、会ってきたんだな。」

そして、強い目で満月を睨みつけて呟きました。

「待っているんじゃない……待たせているんだ。」

桜咲く、永遠の4月で佇む少女の姿が目に浮かびました。
そして脳裏に浮かんだ桜吹雪は、やがて冷たく白い吹雪へと変わり、桃色の少女は白くて椿の花飾りをつけた少女に変わりました。
あの子も、桜花と同じように待っているのかな。桜花と同じような表情をして。

「僕も……行かなきゃいけない所があるんです。」

「…それは、1月の子の所か?」

どうもひまわりは全部喋ってしまったようです。僕は黙って頷きました。
月(ルナ)は呆れたようにため息をつきました。

「なるほどな……ひまわりが言ったとおり…そっくりだ。」

僕には何のことだかわかりませんでした。

「君は、そっくりだよ…昔の私に。」

昔の月(ルナ)に、そう言われてもピンときませんでした。ひまわりもそんなようなことを言っていましたがどこがどう似ているのかよくわかりません。
すると僕の様子を見た月(ルナ)は言いました。

「君が…今悩んでいること、当ててみせようか?」

「え?」

聞き返した隙に、はっきりと言われました。

「1月の子に会ったら、何と呼べばいいのか…違うか?」

グサリと、何かが刺さったような気がしました。
あの子に会いに行こうと決めていたくせに、気づくのが遅すぎて。でも本当は、目を背けていたのかもしれません。
そして、更に月は言います。

「その子が『誰』なのか。」

その通りでした。あの子に笑ってほしいと、そう願っておきながら、僕は未だにあの子が誰だかわからないのです。
あの子をはづきと呼んでいいのでしょうか。はづきでないのなら何と呼べばいいのでしょう。
わからなくて、でも惹かれる気持ちだけは確かで。
ようやく顔をあげ、がむしゃらに前に進んできました。
でも、どうしてもこの疑問にぶつかるのです。

「1月の子って…『1月』なんですか?『はづき』なんですか?」

殆ど、自分に問いかけているようなものでした。
僕は困って月(ルナ)を見ました…が、俯く僕の方など少しも見ていません。
ただ、月を見上げていました。十五夜、たったそれだけのことでどうしてこんなにも月が輝くのでしょう…とても綺麗で、僕は声が出ませんでした。

「答えは、単純だよ。」

「…わからないです。」

「少し頭を冷やすといい……その子のことばかり考えすぎなんだ。
 今晩は、月が綺麗だ。ぼんやり眺めてから…帰ればいいよ。」

何も考えず、上を向きます。墨で塗られたような空がどこまでも果てしなく続いて。白い穴が浮かんでいて。それだけの景色が綺麗で。
ふと思いました。1月には雪が降り、2月にはバレンタインデー、3月にはひな祭りがあって、4月には桜が咲き、5月には鯉のぼりが泳ぎ、6月には紫陽花が咲き、7月には七夕、8月にはお盆が来て向日葵が咲いて……毎月毎月、こんなにも景色は変わり、時は確実に進んでいるのに、どうして僕は同じことばかり考えているのでしょう。
いつになれば動き出すのでしょう。あの椿の花の子が気になって動けないのです。

「どちらを選ぶか…きっとそこが分かれ目だったんだろうな。」

ぼそっと月(ルナ)が呟いた一言…よくわからないのにやけに重く感じました。
明らかに感情のこもった月(ルナ)の声を初めて聞いた気がしました。
またうつむき始めた僕を見て、月は急に僕が持っているお団子の袋を指差しました。

「見かけによらず…よく食べるんだな。」

「……はい?」

「…あ、お団子、随分たくさんあるなと…。」

そう言われて、ようやくどうしてこの土手を通ったのか思い出しました。

「そうだ忘れてた!団子買ってこいって友達に言われたんです。うわーやべっ!」

「…へえ、友達。いいね。」

あわててお団子のパックを袋にしまい、走り出そうとする僕に月は一つ、思い出したように言いました。

「そうだ…一つ訊いてもいいか?君は、他の月の子にも会ってきたんだよな?」

「え?はい。」

「はな…あ、いや…四月の子は……元気にしてたか?」

月(ルナ)は少し照れくさそうでした。

「はい、桜花さん元気そうでした。…待ってるみたいでしたよ。」

「そうか…ありがとう。」

そう言った時、月(ルナ)と僕が似ていると言われた訳が少しだけわかった気がしました。
きっと月(ルナ)はずっとこの桜の木の下に居続けるのでしょう。いつか満開の桜が咲く月にたどり着けることを願って。

「じゃあ、お元気で。」

「こちらこそ…偉そうなことばかり言って、すまなかったね。」

そして立ち去ろうとした僕に月は言いました。

「最後に、君の悩み事の答え、ヒントだけ教えておこうかな。」

ピタリと僕の足が止まります。

「私はね、月(ツキ)じゃなくて月(ルナ)であり、ルナじゃなくて月(ルナ)である……1月の子も多分、同じだ。」

「これが、ヒント…?」

「ヒントであって…これが答え。」

思考が止まりそうになる中、なんとか言葉を絞り出しました。

「ありがとうございました……考えます。」

そして、僕はお団子を持って駆け出しました。闇の中、月の光を頼りに進んでいきます。
思ったとおり、僕が走り出しても月はずっとそこにいました。桃色の無い桜の木の下で、ずっと満月を眺めていました。
最後に、月(ルナ)の呟く声が聞こえた気がしました。

「呑まれちゃいけないよ。君はまだ、月を越えられるんだから。」

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茹だるような暑さの中、空に輝く太陽と。
手を伸ばすように伸びゆくけれど、決して届かない向日葵と。

海に山にお祭りに、賑やかな夏もあるけれど、
死者を迎える送り出す…しんみりする夏もある。

やっつめの月。蝉の声だけが聞こえる中ふと思う。
君の魂は、「今」ここに居るのかと。それとも…


ミンミン言う声がうるさくて、石の道を歩く音をかき消して。手には花束を持って。
汗が滴り落ちるのを感じながら、坂道を登りりきります。そして僕はふと後ろを振り返ってみました。
坂の下にある線路の向こう側には鮮やかな黄色の向日葵。元気いっぱいのその花の向こう側には太陽の光を受けて眩しく光る海が見えました。
僕は逃げるように背を向けて歩き出します。向日葵の花も輝く海も、僕には眩しすぎました。
きっと普通は海にいってはしゃいだり、夏祭りに行って花火でも見たり、八月というのは賑やかで騒がしい月なのでしょう。
けど、僕にとって八月の持つ意味はただ一つ。今は葉だけになった椿の木。たどり着いた場所は…一月にあの子と出会った、あの墓の前でした。

雪が無い。椿の花が無い。たったそれだけの違いなのに、全く別の場所にしか見えないのはどうしてなのでしょう。
そんなことを思いながら、ひしゃくで墓に水をかけ、墓石を拭いて綺麗にし、墓石の周りを箒で掃いて綺麗にします。
大切なはづきの居る場所であり、あの子に会ったこの場所。丁寧に念入りに掃除しました。
そして、綺麗になった持ってきた花を墓の前に飾りました。お盆は一年に一度、死者の魂が戻ってくる時期だとか…はづきの魂もどこかに居るのかな。
海に背を向けながら、そう思いました。
その時、声がしました。

「おーぴっかぴか。マメだねー!」

余りにも突然で、思わず震え上がって後ろを向きます。そこには明らかに「月」だと思われる僕より少し年上の少女が一人。
黄緑色の髪を二つに結っていて、頭に向日葵の髪飾り。へそ出しの奇抜な服装をした、黄金色の大きな瞳の元気そうな少女でした。
手に背と同じくらいの長さの向日葵を持って立っていました。

「あたしが見えてるよね?」

「はい。『月』ですよね?」

僕はもう何の違和感もなく月の子の存在を受け入れるようになっていました。
月が進む度に新たに出会う月の子も、もう僕が『月』が見えることに驚く様子はありません。
多分、前の月の子が僕のことを話しているのでしょう。

「はじめまして、僕のこと、彦星さんから聞いたんですか?」

「うん、そういうこと。はじめまして、子規君。あたしはひまわり。あ、安直な名前とか言わないでね。」

思ったとは言えないな、と思いました。それよりも、気になることはこっちです。

「あの、ひまわりさん…それ、どうしたんですか?」

僕が向日葵の花を指さすと、ひまわりはにっこり笑って墓の前まで行きます。

「あそこの駅のとこのひまわりがすごく立派だったから、つい取ってきちゃったの。綺麗でしょ?」

そう言ってひまわりは花器に向日葵の花をさします。
花器の大きさに比べると向日葵の花はあまりにも背が高くて、バランスが悪くて触れれば今にも倒れてしまいそうでした。
けどひまわりの言うことはとてもよくわかります。堂々とした立派な向日葵です。

「ありがとうございます。はづきもきっと喜ぶと思います……あれ?」

一つ疑問を感じました。

「もしかして、最初からこのために向日葵の花取ってきたんですか?」

もしそうだとしたらなぜ僕の恋人が死んでいると知っているのでしょう。彦星に一月の子の話はしましたが、はづきの話はしていません。
するとひまわりは言いました。

「確信はなかったんだけどね、彦星の話を聞いてもしかしたらと思って。似た奴を知ってるから。」

「へえ…誰ですか?」

「お隣さん。」

お隣、といって彦星でないとなると九月の子でしょうか。
考える暇を与えないかのように、ひまわりが言います。

「ここのお墓で眠っているのは、君の恋人?」

「はい、そうです。一昨年亡くなって…。お盆だから、墓参りに…。」

ひまわりは空を見上げて言います。

「そっか。お盆は一年に一度だけ死んだ人の魂がが帰ってくる時期って言うからね、君の恋人の魂も帰ってきてるかもね。」

そう言われた時、僕は素直にうんと言えませんでした。脳裏に雪の中佇むあの子の姿がよぎります。
ずっと気になっていました。あの子は本当にはづきと別人なのかと。
本当に別人だというのなら、『一月』のはずなのにどうしてはづきそっくりなのでしょう。
どうして見ず知らずの人のはずの僕に来年も来てほしいと願うのでしょう。
どうして僕に笑ってほしいと願ったのでしょう。
ひまわりが俯く僕に心配そうに言います。

「どうしたの?」

「…何でもないです。ただちょっと…もしかしたらはづきの魂は戻ってきてないんじゃないかなって思って。」

「…どうして?」

僕は震える声でひまわりに尋ねました。

「あの…死んだ人が、『月』になるってこと、有り得ると思いますか?」

一瞬間が空きました。蝉の声が長く聞こえた気がしました。
次の瞬間、ひまわりは心底呆れたように深い深いため息をつきました。

「あーもう、なんでこうなのかなあもうー…。」

「あ…あの、すみません…!おかしなこと言って。」

僕は慌てて謝りました。何か不愉快にさせるようなことだったのかもしれません。
すると、僕はふとひまわりの目つきが先ほどと違うことに気がつきました。
そして、届かない空を見上げてひまわりは話します。

「結論から言うとね、どちらかというとはずれ。けど間違いじゃない。」

その意味が僕にはよくわかりませんでした。僕を見ずにひまわりは言います。

「私達は『月の子』だから。」

そしてひまわりは優しく、けどどこか哀しげに笑います。
その表情はやはり、あの椿の子や彦星と似ていました。

「私達は、『人』じゃないの。君の恋人は『人』だったでしょう?」

「…はい。」

「じゃあ、大丈夫。ちゃんと戻ってきてる。
 せっかくのお盆なんだもの。私達のこととか考えずに、ちゃんと迎えてあげなよ。」

「…………はい。」


僕がそう言うと、ひまわりは黙って頷き、墓の方を向いて、お線香を焚いて、静かに手を合わせて目をつぶります。
ひまわりの言うとおりでした。僕も手を合わせて、目をつぶります。
お盆には死んだ人の魂が戻る。一体誰がそんなこと言い出したのでしょう。
誰かはわかりません、でももし本当にそうだというのなら…。
気になることはいくらでもあります。あの一月の子のことも…。
けど今だけは忘れようと思いました。今はお盆だから。せっかくはづきが戻ってきているかもしれないのだから、言いたくなったのです。
「おかえり」と。

音が無いように感じました。実際は蝉の声がずっとしていたはずなのでしょうが、目をつぶっていたその一瞬が僕にはとても長く感じました。
そして、ゆっくりと目をひらきます。再び目に入り込んでくる夏の風景が眩しく感じました。

「色々…ありがとうございました。」

僕はひまわりにお礼を言いました。

「なあに、急に。あたし、お礼言われることは何もしていないよ?」

それでも、なんとなく言っておきたくなりました。
僕は持ってきたお線香などを片付け、帰る支度を始めました。ずっとお墓の方を見て、後ろを振り向きませんでした。

「じゃあひまわりさん、僕はこれで失礼します。」

そう言ってひまわりの方を向こうと振り返った時。
僕は思わず目をつぶりました。このお墓は丘の上に立っているということを忘れていました。
ゆっくりと目を開けて、そこに広がっている景色を見据えます。
遠くに駅と線路と、線路際には向日葵の花。そして青い海。ずっと背を向けて見ないようにしていたものが広がっていて、夏の太陽の日差しを受け、余計にギラギラと眩しく光っていました。
眩しすぎるのです。だからずっと見ないようにしていたのでした。

「あっちには行かないの?」

ひまわりが問いかけます。

「…今日は止めときます。」

「そう。」

そうだよなと僕は思いました。普通8月は、海とか山とか行ったり、お祭りとか行ったり…もっと眩しくて明るいものなのでしょう。
けれど僕にはまだ、眩しすぎました。以前よりは前に進んだと思います。でも、まだ。

「じゃあ、さようなら。」

そう言って僕はひまわりと別れ、坂道を降り始めました。
帰り道はきついものでした。行きは見ないで済んでいた景色が否応なしに目に飛び込んでくるのです。
いつか、この眩しすぎる景色を綺麗と言える日が来るのかな。
そう思った時、声がしました。

「さよならーっ!元気でねー!」

ひまわりの声がしました。振り返ると、丘の上にひまわりが居ました。
そして、こう言いました。

「来年は、あっちにも行けるといいね。」

「来年も会えるといいね。」ではなくて。
僕は肯定も否定もせず、少しだけ笑って、帰っていきました。



続きでキャラ紹介。
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頭上に広がる天の川。川岸に輝く織り姫星と彦星。

この日なら、数万光年の川さえ渡れると言うのなら、
どうかこの願いも聞き入れてください。

ななつめのつき。もういちねんもあと半分。
あの子の運命に気づいた少年は、一体何を願うのでしょう。


眩しい。真夜中なのにそんなことを思いました。
布団から出て、思わず窓を開けました。だってこんな光景見たことがなかったのです。
星が呼んでいるような、そんな気さえしました。濁りの無い漆黒に散りばめられた無数の星達。
赤、青、黄…眩しく輝く者もいれば淡く瞬く者もいて。
僕は釘付けになりました。よくまあうまいこと晴れたものです。天の川に川の字が付くわけが今とてもよくわかりました。
天の川の両岸には一際強く輝く星が一つずつ。その時になって今日の日付を思い出しました。
七月七日。織り姫星と彦星。昔の人は星から物語を生み出すなんてよくやるなあと僕はしみじみ思いました。
その時、声がしました。

「なんじゃ、何の変哲もないガキじゃのう。」

僕は思わず震え上がって部屋の中に引っ込みました。そして恐る恐る窓の外を見ました。
そこには一人の女の子が宙に浮いていました。派手な水色の髪に赤の着物、ふわっとした柔らかい布をまとったその子は七夕の織り姫そのもののようでした。

「君、もしかして七月の子?」

「ほう、阿呆ではないか。その通り、ワシが七月じゃ。
 ジュンからお主の話を聞いての、ちょいと顔を見に来たのじゃ。」

月の子の側から会いに来たのは初めてでした。

「お主、名前はたしか…ホトトだかなんだか…」

「……子規です…。」

変な名前で噂しないでほしいのですが。ため息つきながら僕は尋ねました。

「ところであなたの名前は?」

「ワシか?ワシの名は彦星じゃ。」

彦星、の名前に思わず首を傾げました。見た目からしてどう見ても彦星というより織り姫です。

「織り姫の間違いじゃないですか?」

「姫などとは失礼な!ワシゃあ男じゃぞ!」

「男!?」

僕は思わず大声を出してしまいました。どう見ても女の子です。顔つきも髪型も服装も女にしか見えません。

「あの…男と主張したければ、服と髪型変えた方が…」

すると彦星は女の子みたく頬を膨らませて怒り出しました。

「昔は違う格好じゃったんじゃがな、人間に会う度に『七月といえば織り姫』と文句つけてくるから『いめちぇん』してやったのじゃ。
 そしたら今度はみんな女と間違える!なぜじゃなぜじゃ!」

そりゃあ織り姫の格好だからだと思います。一人で怒っている彦星に僕は少し呆れました。

「あのー…、愚痴を言いにきただけですか?」

すると彦星は急に怒るのを止めてこちらを向きました。どうやら他にも用があるようです。
そして彦星は髪飾りの短冊を一枚取り、僕に突きつけました。

「願い事、書け。七夕と言えばお願いなんじゃろ?」

差し出された短冊を見て、少しだけ僕は不愉快になりました。
書いたところで実現するわけじゃないのです。手の届かない星に祈ったところで、一体何になるというのでしょう。
虚しいだけです。

「願いなんて書いても、叶うわけないですよ。」

「まあとりあえず書け。無茶な願いでも書くだけならタダじゃ。」

楽観的な人だな。皮肉のようにそう思いながらも渋々ペンを取りました。
キャップを外し、願いを書こうとしました…が、書けませんでした。
何を願うか決まらないのです。ぐしゃぐしゃと様々な事柄が絡み合ってペンが動きません。
真っ先に浮かんだのは、はづきの顔…一月の雪の日…そしてあの椿の花の子…。
僕は会いたいのでしょうか、忘れたいのでしょうか。はづきでしょうか、椿の花の子でしょうか。
喉に何かが詰まったような感じがしました。確実に何かを望んでいるのに、それが何かわかりません。
それを見た彦星が言います。

「まあ急がなくてよい。星でも見ながら考えるのじゃ。こうしてのんびり星を見ていられるだけでも幸せなことじゃからな。
 戦争があった頃なんかはのー…」

「あれ、戦争があった頃にはもう居たんですか?」

僕は思わずそう訊きました。戦争なんて割と昔の話です。

「ああ、ワシは割と古株じゃからな。今居る月の奴らの中じゃ三番目くらいかの。」

「え、『月』になるのに順番とかあるんですか?」

「ああ、ある。」

願い事の事も忘れて素直に感心しました。今まで何度も月の子に会ってきましたが、まだ知らないことがたくさんあるようです。
当たり前といえば当たり前。そもそも月が人の形をして見えている時点で普通のことではないのですから。
それでも初めて月の子と会った…あの一月よりは随分わかってきた方でしょう。
すると彦星が続けて言いました。

「ジュンは多分八番目くらいじゃな。一番目は…」

「そういえば、一つ訊いてもいいですか?」

ジュンの名前を聞いて一つ思い出しました。気になっていたことがあるのです。
ジュンは自分は「ろくがつ」だから「しちがつ」や「はちがつ」には行けないと言っていました。
四月の桜花は、自分達は隣り合った月の子としか会えないと言っていました。
矛盾しているのです。

「月の子って、他の月に行けないんですよね?隣の月も無理なんですよね?」

「そうじゃな、基本的には。」

「それなのに隣の月の子とは会えるんですよね?」

「そうじゃ。」

「『いつ』他の子と会っているんですか?」

他の月に行けないのにどうやって他の月の子と会っているのか…少し疑問に思ったのです。
その答えの先に何を見るかも知らずに。

「ひと月の最初の日と最後の日、その二日間だけワシらは数時間だけ隣の月にお邪魔できるのじゃ。
 その時にお隣さんとも会う感じじゃの。」

「え…いつでも会えるわけじゃないんですか?」

「そうじゃな。」

へえ、と僕は更に感心しました…が、その時。僕は恐ろしいことに気づきました。
気づかなければよかったのにと後悔しました。なぜもっと早く気づかなかったのかと後悔しました。
今まで月が進む度に出会い、話した月の子達が背負っているものは、実はとてつもなく重いものではないのでしょうか。
実は想像以上の過酷な運命を背負っているのではないでしょうか。
だからこそみんな、僕みたいな「人間」に会った時、あんなにも明るく楽しそうに話してくれたのではないのでしょうか。

今の彦星の話が本当なら、他の月の子に会える日はひと月に二日です。
僕に会った時の月の子達の反応から、どうやら普通の人にあの子達は見えないもののようです。
そして、ジュンは、月の子は自分の月以外の月には行けないと言っていました。

それは恐ろしく孤独な世界なのではないのでしょうか。
他人と話すことができるのはひと月に二日だけ、人々はみんな自分の姿は見えず無視していき、ただ同じ月の同じ景色だけが永遠に繰り返される世界。
人間達が通り過ぎ、次へ次へと月を渡っていく中、たった一人置いてきぼりにされるのはどんな気持ちがするでしょう。

「彦星さん。…寂しくはならないんですか、『月』でいることは。」

彦星の顔色が少しだけ悪くなった。目をそらす言い訳のように星を見上げて言った。

「全く無いと言ったら嘘になるのう。」

どこか寂しげな顔。どこかで見たような気がしました。
そう、あの椿の子。笑っているのに、どこか寂しそうで、儚げで。
彦星はどこかあの子と似た笑顔を浮かべて言いました。

「じゃが、大丈夫じゃよ。一人ぼっちなのはたった29日じゃ。お前のような奴もたまに来るしのう。」

その姿が健気に感じました。そして悪戯っぽく僕に言いました。

「ほれ、そろそろ願い事書けい。人の願い事をじろじろ見るのがワシの楽しみなんじゃ。」

そう言うならと僕はペンを取りました。左手に短冊。願い事、そう聞いてあの子の言葉が蘇りました。
『来年も来てくれますか?そしたら…少しだけ、笑ってくれますか…?』
あの時は何も知りませんでした。あの子の運命なんて知る由もありませんでした。
けれど、今はわかります。僕は迷わず一気に願い事を書ききり、短冊を彦星に突き出しました。一斉一大の決断でもするように。

「…これが、お前の願いか?」

急に彦星の顔色が変わり、確認するように短冊の内容を僕に見せました。これにはむしろ僕が驚きました。
青ざめられるような願いだとは思っていなかったので。僕は強く言いました。

「…はい。」

『もう一度、一月の子に会えますように。』
迷いはもうありません。凍てつくようなあの雪の月。永遠の一月に閉じこめられているあの子の姿が浮かびました。
あの寂しそうな笑顔が消えないのです。あんな顔よりももっと嬉しそうな笑顔が見たいのです。
そんな僕を見て、彦星は何か懐かしいものでも見るような目をしました。

「昔、お前と似たようなことを願った奴がいた。お前と同じく、会いたい月の子が居た。
 だがそいつは、その子の存在に取り憑かれたようになり、結局…ろくな末路を辿らなかったようだ。
 今のお前の目は、そいつとよく似ている。それでもお前の願いは変わらんか?」

どこかで一度聞いた忠告に似ている気がします。どこで聞いたのだったでしょう。
どちらにしても、僕の願いは変わりません。僕は迷わず頷きました。
彦星は不安げな顔をしましたが、それでも言ってくれました。

「そうか…なら、叶うといいな。」

そう言うと、彦星はその短冊を髪飾りのようにつけ、星空に向かって飛んでいきました。
僕はその姿をずっと見つめていました。どうか、叶うようにと祈りながら。
あの子の幸せそうな笑顔が見たいのです。僕の為にでなく、自分の為に笑ってほしいのです。
まだぎこちなくしか笑えないかもしれないけれど、それでも、あの子に会い…笑えば、それであの子が幸せに思えるのなら。
会いに行こうと思ったのです。


続きでキャラ紹介です。
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ぽつり、ぽつり、雨降る月。ひとつ、ふたつ、またひとつ。

見上げる空は鈍色で、向こう側なんて見えなくて。

むっつめの月。恵みの雨が降り注ぐ月。
やがて重たい雲が晴れ、夏が来る瞬間をきっと見るでしょう、人の子は。


ぽつぽつぽつ…と今日もあの音が聞こえます。最近この音しかしません。
傘をさしながら僕は早歩きで公園の横を歩いていきます。
雨は嫌いです。重たい鈍色の空を見るとこちらまで重たい気分になるから。
花や木にはありがたいのだろうけど、僕にはちっともありがたくありません。
薄暗い雲の下、綺麗な紫色の紫陽花の花が目立ちました。

その時、沢山の紫色の紫陽花の群の中、一つだけ青っぽい塊があるのに気づきました。
正しくは紫色が混じった青色、よく見たらそれは紫陽花ではなく一人の少女でした。
髪の色が紫色混じりの青、更にワンピースの色も同じ色で、正に紫陽花の花のような子でした。
見慣れない色、不思議な雰囲気、…多分月の子です。
てるてる坊主を吊した白い傘をさし、紫陽花の花の前で何かをしていました。
僕はその子の近くまで行ってみました。ティッシュを丸めて、丸めたティッシュを更にティッシュでくるんで輪ゴムで留めて…どうやらてるてる坊主を作っているようです。
けれどティッシュで作ったてるてる坊主はすぐに雨に濡れて破けてしまいます。
僕は思わずその子に言いました。

「ティッシュじゃないので作った方がいいよ。」

少女はビクッと震え上がって振り返り、僕を見ました。どこか無機質な瞳が僕を見ていました。
少女は抑揚の無い声で言いました。

「なんでジュンに話しかける?」

「えー…っと、ジュンって君?だって、居るし…。
 てるてる坊主、ティッシュで作ったら濡れて壊れやすそうって思ったから…。」

「じゃあ、どうしたら壊れない?」

無機質なようで、真っ直ぐな眼でした。少し困って僕は考えます。
多分紙より布か何かの方がいいでしょう。
僕は地味な紺色のハンカチを取り出しました。

「白じゃなくてごめん。でもこれなら壊れないと思う。」

僕は丸めたティッシュにハンカチを被せて輪ゴムで留めました。本当は中身もティッシュじゃない方がいいかもしれませんが今は仕方ありません。
できあがった紺色のてるてる坊主をジュンに手渡しました。ジュンは黙っててるてる坊主を見つめたまま。
気にいらなかったらどうしようと思った時、突然ジュンは言いました。

「…よし、こいつは『やきにく』だ!」

「え、はあ?…何が?」

ジュンは無視して自分の傘にてるてる坊主を吊しました。元からあった白いてるてる坊主と合わせて、てるてる坊主は二人になりました。
ジュンは白いてるてる坊主を僕に紹介してきました。

「こっちが『かばやき』だ。お前に貰ったのは『やきにく』にした。」

どうやら「やきにく」だの「かばやき」だのはてるてる坊主の名前のようです。ひどいセンスです。
でもどうやら気に入ってもらえたようで、無表情だけどどこか楽しそうに傘を回していました。
その時、僕は傘の内側を覗き込んであることに気づきました。

「その傘綺麗だね。内側に柄があるなんて珍しいな。」

ジュンの傘は内側に空の絵が描いてありました。この雨雲とは随分違った爽やかな青空の絵でした。
市販の傘ではないようで、どう見ても素人が描いた下手な絵でしたが、でもとても綺麗でした。

「サツキが勝手に描いた。『おまえに青空ってもんを見せてやる』とか言ってた。
 ジュンの傘に勝手に描いた、うざい奴だ。」

勝手に描いたところがサツキらしいなあと一人で感心していました。
けれど僕は一つ疑問に思ったことがあります。

「ジュン、青空見たことないの?」

「何回かある。」

「何回か?どうして?
 今は梅雨だけど、七月八月にもなれば梅雨明けするだろうし、それに春や秋は普通に晴れるんじゃ…」

するとジュンは少しだけつまらなそうな顔をしました。まずい、…何か禁句を言ってしまったような気がしました。

「ジュンは『ろくがつ』だから、しちがつやはちがつには行けない。
 ジュンのいちねんは30日だから、春や秋にも行けない。
 ろくがつが終わったら、また次の年のろくがつが来る。」

軽率な発言をした…そう後悔しました。月の子と人の子の差をはっきりと感じました。
ジュンは「ろくがつ」そのものなのです。ジュンの「いちねん」は「ろくがつ」なのです。12の月を巡って「いちねん」を過ごす人間とは違うのです。
全てを理解しきれてはいませんが、多分ジュンは永遠の六月を過ごしている…ということはなんとなくわかります。他の月の空など、わかるはずありません。
謝ろうとした時、ジュンは急に僕をしっかり見据えて言いました。

「お前は人だな?」

「そうだけど…」

「人、おまえ虹って見たことあるか?」

「虹?あるよ、たまにしか見れないけど…。」

ジュンは興味津々で僕から目を離しません。虹に興味があるようでした。

「ジュンは虹見たことない。
 サツキが、空が青い日に出てくるやつで、赤でオレンジで黄色で青で藍色で紫だって言ってた。わけがわからない。」

確かにわけがわからない説明ですが、間違ってもいません。
けれど具体的な言葉で説明したところで、虹がどんなものかはわかりづらいでしょう。

「ジュン、何か描く物持ってる?」

「ある。サツキがここに隠したって言ってた。」

そう言うとジュンは紫陽花の木の下からお菓子の缶を取り出しました。
中には色とりどりのマジックペンやら絵の具やらクレヨンやらが入っていました。

「ちょっとその傘に描いてもいい?」

「んー…サツキよりうまく描くならいい。」

うまく描けなかったらごめんなさい、とか思いながら僕は自分の傘を閉じてジュンの傘を受け取りました。
そして傘に描かれた青空の上から、赤、オレンジ、黄、…と色を乗せていきます。
何でこんなことをし始めたのかわかりません。少し前の僕なら適等な説明をしてさっさと帰ってしまったような気がします。
けれど今は、なぜか慣れない絵を描いてでも、この子に虹って何なのか教えてあげたくなったのです。

「おまえ、サツキよりうまい。げーじゅつかみたいだ。」

「そう?ありがとう。」

ありがとう、その言葉すらどこか懐かしく感じるのはどうしてでしょう。ずっと忘れていたような気がします。
やっと時間が動き始めたような気がしました。はづきが死んだあの一月から。
小さい頃、雨上がりに見た虹の記憶を思いおこしながら青空に虹をかけていきます。
永遠の雨空なんてつまらないでしょう。だからせめて、気持ちだけでもいつも晴れでいられるように。

「…できた。」

思わず声が出ました。白い傘の内側の空には七色の虹。
絵なんてあまり描かないので決してうまくはないけれど、それでも精一杯晴れを祈って。
僕はジュンにその傘を手渡しました。

「はい、どうぞ。」

傘を受け取ったジュンはじっとクレヨンの虹を見つめ、それからその傘を差してみました。
くるくると傘を回しながらジュンは傘の中の虹と青空を見つめています。
その時、突然ジュンの手が止まりました。

「あ…!」

ジュンが空を指差しました。僕もつられて空を見上げます。
眩しい光が射しました。そのことに驚きました。
そういえば僕はもう傘を差していません。雨の音も聞こえません。
目が眩みましたがそれでも目を見開いてみると、雨雲の真ん中にぽっかりと穴が開いているのが見えました。

「描く必要なかったかもね。」

穴の中には澄んだ青空と眩しい太陽。そして大きな虹が。
僕が描いた絵なんかよりもずっと美しい七色が浮かび上がっていました。
ジュンは虹の掛かった傘と虹の掛かった空を見比べ、それから本物の空の方から目を離さなくなりました。
青空でさえ久々に見るのでしょう。初めて見る虹はどんな風に映ったでしょう。

「本物の方が綺麗だ。やっぱおまえへたくそだ。」

そしてジュンは次に言いました。

「けど、これで毎日『虹』だ。ありがと。」

僕は初めてジュンの笑顔を見ました。

「どういたしまして。」

そう言った僕も、どこか嬉しい気がしました。
虹の掛かった空の下、もう雨は降っていないのにジュンは傘を差したまま、どこかへ歩いていきました。




続きでキャラ紹介。
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